-心が痛くなったカフェでの出来ごと2010.10.31

一昨日の土曜日、お茶の水のカフェでランチをしていた時のことだった。
スーツ姿のお母さんとかわいいワンピースを来た3~4歳のかわいい女の子が隣に座った。
席に座るなり、おかあさんが話しを始めた。

「がんばった所は少しはあるけれど・・・・」

お母さんの手には、プリントの束のようなものがあった。おそらく小学校のお受験のおけいこの後なのだろう。
がんばった話は最初の30秒ほどで、それから延々と女の子に対しての駄目出しが始まった。

「青 いクレヨンでって先生がおっしゃったら、他の皆はすぐに青いクレヨンを取って、こういう風に(ジェスチャーをして)準備しているのに、~ちゃんは、それか らえんぴつをもって、あっ違ったって、クレヨンの箱を開けて、皆が書き始めてからずっとたってからようやく書き始めたでしょ?」

「あれはだめ。クレヨンの箱はずっと開けておいていいです。」

「ハイ」女の子は素直に返事をしている。

「それから先生のお顔を見て・・・・・・・。」

ウエイトレスさんが持ってきてくれた、スープとフランスパンのサンドイッチと飲み物を目の前にして、話は延々と続いた。

ことばは丁寧だが、その表情はまるで鬼のようだった。

女の子は、お母さんが合図ちを求めると、しっかりと何度も「ハイ」と返事をして、お母さんの話に健気に受け答えしていた。
あまりの母親の迫力に、私と反対側の親子の隣に座った若い男性は、思わずその母親の顔を見つめる場面もあったくらいだ。

そ の内、その女の子の腕に虫さされか何かの化膿した傷があり、女の子はそれを気にして、母親に「痛いの」と訴え始めた。母親は「お家に帰ったら、お薬を塗り ましょうね」と一言話して、また授業の駄目だしを夢中になって話していた。女の子は合図ちは打つものの、気持ちはその傷に集中していたが2度と傷の話はし なかった。
私は「そんな話はどうでもいいから、早く傷を治してあげて!」と心で叫んでいたが、口には出せなかった。

昼休みも終わり、とても残念な気持ちで席を立ち、外からなんとなく気になり、2人の様子を眺めてしまった。すると、何とその母親は(小学校のお受験の勉強をしている)その女の子の口にスープをスプーンで運んで飲ませ、フランスパンをちぎって食べさせていた!!
多分・・・。フランスパンはボロボロこぼれ、スープはこぼすと服が汚れるからそうしたとおもうのだが・・。

パンがこぼれるのを気をつけられるのも
自分で食べるという前提があってのことだ。
人に食べさせてもらっていては、きれいな食べ方は学べない。

そんな単純なことさえも解らずに
いち早く青いクレヨンを持て
先生の話を聞けと言われても・・・。
食事も自分でさせてもらえない少女にとって、そんな無理難題ができるはずもない!!

得てして、母親という存在(人)は矛盾した行動をする。
それを心理学用語では「ダブルバインド」という。
少女が大きくなって、いつか母親の矛盾に気がつく時が来る。
こういう時は結構ツライことになるケースが多い。

どんな母親も自分の子供がかわいくないわけはない。
かわいいからこそお受験をさせて、良い小学校に通わせたいと思うのだろうと思う。
がしかし、そういうことよりもっと大事なことがある。そしてあの母親のようにそれに気づいていない、親があまりにも多すぎる。

食事は、温かいものは暖かく
冷たいものは冷たく
楽しい会話をしながら・・・
自分で自由に食べたいものである。

体に傷があったら、最初にその傷を治してほしい。
そういったことの方が、あの少女にとって、どれだけ大切なことかと強く思う。

将来、あの少女が、「私は少女の頃、母に愛されてはいませんでした」といっている姿が目に見えるようでなんだか切なくなってしまった。